拝啓 ももいろクローバーZ様。人生を変えてくれて、ありがとう。

5年前の2013年10月14日、当時21歳だった私の人生を、ももクロが変えてくれました。

 

私はももクロちゃんに助けてもらって、今がある。

私は、ももクロちゃんのようにたくさんの人を笑顔にはできないけど、

私にできることが、誰かの助けになって一人でも笑顔にできますように。

 

そう思って、このブログを始めるつもりです。

 

ももクロちゃんに、いつかこのメッセージが届き、

いつかももクロちゃんが行く先を迷ったときに、やってきてよかったなぁと思ってもらえますように。

そして、これから私が誰かのためになることが発信し続けられますように。

決意と覚悟をもって、ブログを始める今日、この記事を書きます。

 

2013年、就職活動中。おじいちゃんとお父さんが倒れる

2013年、私の就職活動が始まった。

4月に1社内定が決まったが、やりたいことではない仕事。

私のやりたいことは、「食事と健康について考え、新しいものを創造する」ことで、

これからはやりたいことを軸に、さらに就職活動を頑張ろうと思った。

 

それからすぐの6月、おじいちゃんが糖尿病で倒れた。

時を同じくして前々から食事制限をしていた父が腎臓病で倒れ、毎日お腹から管をつなぎ、腹膜透析をする身体になった。

西郷どんのような鹿児島らしい顔立ちで、

とっても似ている、大好きなお父さんとおじいちゃんが、

いっぺんに、病院に行かないと会えない身体になってしまった。

「やりたいこと」と「地元に残る」選択に迫られる

おじいちゃんは、みるみるうちに細くなり、顔だけをこっちに向けて、

「…美弥、鹿児島に居なさい。」

大好きなおじいちゃんの手とは思えない、か細くなった手で私の手を握りながら、

震える声で何度も言うのだ。

でも、今まで受験を必死に頑張って大学に入り、勉強を頑張ってきたのは私。

私の人生を、私のために生きたくて、たくさん頑張ってきた結果を手にもって、今就職活動をしているのだ。

心が動く会社と出会い、私がいまできることを精一杯やりたい。

今考えると、「働く」ことに夢を見すぎて、考えすぎていたなぁ、と思うけれど、

当時は本当に真剣に、「やりたいこと」がやりたかった。

 

キラキラした友達、帰ってきなさいと言う実家

最初の会社選びで、「やりたいこと」ルートか「やりたくないこと」ルートに入ってしまうと思い込んでいた私には、

おじいちゃんの手を振り払って「やりたいこと」に突き進むこと

地元に残ることを優先し、「やりたくないこと」に直面しても「仕方ない」とあきらめること

これからの未来が分からない私には、どっちも選ぶことができなかった。

 

学校に行けば、内定をもらってやりたい仕事に突き進むクラスメイトがいて、とてもキラキラして見えた。

私はこれから、みんなと違って、たくさんのことを諦めなければならないのか、と思う反面

おじいちゃんの最後に会えなかったとしても後悔しないくらい、本当にやりたいことなのか

私には分からなかった。

 

誰にも相談をしたくなく、引きこもりに

キラキラした友達に会うことができず、

親に相談しても「やりたいこと」を分かってもらえなかった私は、

朝になると学校に行こうと思っても足が踏み出せなくなっていました。

夜中にはももクロちゃんを見て元気をもらい、今日こそは行こうと思うのに、朝になると足が踏み出せない。

先輩や友達に迷惑をかけている自覚もあり、どんどん学校に行けなくなって…

ついには、親にも相談できず、友達にも相談できず、誰とも連絡を取らずに引きこもることになりました。

 

人生が変わった日 2013年10月14日

2013年「GOUNNツアー 福岡公演」で初めて、ももクロを見ました。

 

初めて生で見るももクロちゃんは、とてもキラキラしていて、

たった5人の女の子が、真剣に踊って歌って、笑顔を届けてくれる姿がとてもとても眩しく。

楽しい反面、自分はこんな気持ちで、初めて会うことになってしまったと

負い目のような、引け目のような気持ちがジクジクと膿んでいました。

そしてライブの中盤、今までそんなに好きじゃなかった曲の歌詞が、痛いほど突き刺さってきました。

 

「空のカーテン」

交差点で どっちに行けばゴールなんだろ
大丈夫さ 行き止まり そんときゃ
引き返してまた始まればいい

 

「ラフスタイル」

心の示す方へ 歩き続けていくよ

この選んだ道を 信じて進んでみる

悪いこともあるし、いいことだってきっとある

この気持ちがいつか 君に届きますように

 

この2曲が続けて演奏され、本当に、嗚咽が出るほど、泣いた。

 

私より年下のももクロちゃんが、こんなに一生懸命私たちにメッセージを届けてくれるのに、

選んだ道を信じることができない私の姿がとても小さく思え、膿んだ心が全部、涙になって溢れました。

何を選んで、何が正解なのかわからなかった私に、ももクロちゃんが前を見てまっすぐ言った

「選んだ道を信じて進んでみる」

「大丈夫さ 行き止まり そんときゃまた引き返して始めればいい」

という言葉が胸に突き刺さると同時に、温かく包んでくれました。

 

ライブが終わり、博多駅まで歩きながら、泣きながら彼に電話をして、

「やっぱりやりたいことをやりたい」と何度も伝えました。

 

泣いてもいい。

気持ちから逃げずに、「私はいまここだ」と胸を張ってももクロちゃんに言える人生を送りたい。

もし選んだ道を間違えても、また、故郷、鹿児島に戻ってくればいい。

 

思っていたことが溢れて、たくさん泣いて、就職活動をもう一度始めることを決意しました。

 

今、このブログで始めます。

その後、おじいちゃんはその年の冬、私が就職活動をしている最中に亡くなりました。

お父さんは、今血液透析を行いながら、元気に暮らしています。

 

結局その後、後悔のない就職活動ができ、本当にいい会社・上司と巡り合うことができました。

お父さんのこともあり、「いつかは鹿児島に帰らなければならない」と思っていた私は、

昨年9月に地元の近くに帰ってきました。

 

「やりたいこと」は、おじいちゃんのような糖尿病になる人を少しでも減らすことができるように

お父さんのような、血液透析になる人を少しでも減らすことができるように

健康について、私の持っている情報を分かりやすく伝えること。

 

胸を張って、ありがとうと言える人に

「選んだ道を信じて突き進んでみる」

私がももクロちゃんに勇気をもらい、新しい一歩が踏み出せたように、

私も誰かにとって支えになれる人になりたい。

その気持ちから、今一歩踏み出そうと思っています。

 

結成したばかり、3曲しか持ち曲がないうちの1つ「ラフスタイル」が私に響きました。

今のももクロちゃんだけでなく、ももクロを作ってくれた

和川未優ちゃん、伊倉愛美ちゃん、藤白すみれちゃん

そしてあかりん、ももか。

ももクロでいてくれてありがとう。

ももクロを作ってくれて、ありがとう。

 

かなこちゃん、しおりん、あーりん、れにちゃん。

ももクロとして前を向いて進むことを決めてくれて、ありがとう。

これから迷うことがもしあっても、一人の女の子の人生が変わったことを誇りに思ってもらえたら、と思います。

いつか、ももクロちゃんに胸を張って「ありがとう」と「大好き」が言えますように。

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